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2007年1月20日から日記を書くことにしました。日記と言っても、つれづれなるままに綴っていきたいと思っています。このHPの管理人ほか編集員が担当しています。 |
2017年 |
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福寿草が咲きました〜育むということ〜(文・ルリソウ)
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仏教語 -畜生-(文・坊守)
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◆2017年3月◆ |
■2017年3月18日 福寿草が咲きました〜育むということ〜
(文・ルリソウ) |
先日、知人から「今年も庭の福寿草が咲きました」とメールが届いた。彼は私の大先輩だ。長年教鞭を執って来られた彼は引退後、仕事に追われた時間を取り戻すかのように、花を育て野菜を作り、野山をかけ回り草花の絵を描き、それまでの生活を一変させた。世間で、暴行や虐待など残酷なニュースを毎日のように目にする一方で、彼の生活は一見社会と無縁の隠居生活のようにも見えるが、生命を育て、生命を見つめるその生活は、広い意味で社会を育てる大事な役割を果たしているように思う。 |
2016年 |
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学んだものが行動と一致してこそ(文・ルリソウ)
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2015年 |
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2014年 |
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8月 |
8月13日 挨拶と習慣 |
8月 |
8月13日 こころが、ゆる〜り、ゆる〜り |
3月 |
3月18日 震災から3年… |
◆2014年8月◆ |
2014年8月13日 挨拶と習慣 (坊守)
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年々増え続ける高齢化問題、社会通念65歳以上は高齢者と呼ばれる存在です。中でも認知症による徘徊で行方不明者も多いという情報に、高齢者となった一人として気になります。ある日、突然と記憶を失い全てが途切れ自分が誰なのか、そして帰る場所もわからなく、路上をさ迷う日が来るかもしれないと思うと不安に陥り淋しくなります。こんにちまで高齢者という呼び名に違和感があり素直になれず遠ざけてきた。現実に年を重ね、認知機能の衰えや容姿の変化が徐々に見えてくると、誰にでも起こりうる当然の道理と認め、今まで気付かなかった我が身を素直に受け止めて、付き合っていけたらと思うと楽になります。これまでの人生を誰かに証明してもらい、その時々を楽しみながら過ごしたいと思うことは贅沢と言えるでしょうか。2008年から6年間で徘徊によって警察に保護された行方不明者が546人に上ると言います。地域での声がけや挨拶によって不明者を未然に防ぐこともできると言います。先日、「認知と徘徊・どう声がけ」と題して新聞に掲載されていた。その中で2人の記者が高齢者の体験をしようと、徘徊役と捜索役の二手に分かれて、周りから気づかれるように合図を出しながら呆然とあるいてみたが、すれ違いに声をかける人が少なく、寧ろ冷めた視線が気になったといいます。認知機能が低下しても言葉を交わすことで、一番輝いていた時代の自分に記憶が蘇る事もあるといいます。軽く交わす言葉でもその時の動作によって、何らかの異変に気づいてあげる、気づいてもらえるかもしりません。一日は挨拶で始まり挨拶で終わるといいます。地域で何気なく交わす大事な挨拶、大いに尊重し習慣づけたいものです |
◆2014年8月◆ |
■2014年8月13日 こころが、ゆる〜り、ゆる〜り (文・みち)
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《ゆるきゃら》ブームが到来している。ご当地から生まれた、《ゆるきゃら》は愛くるしく、年代を問わず、心に幸福感をもたらす。中には、ゆるくない《ゆるきゃら》もいるらしい。ともあれ、ご当地の「ウリ」を前面に出している。《ゆるきゃら》がそこにいるだけで、大人も子どもも心がゆるくなり、笑みがこぼれる。わが真宗大谷派(東本願寺)にも、2011年の親鸞聖人750回御遠忌に合わせて誕生した《ゆるきゃら》がある。勤行本をモデルにした「あかほんくん」、蓮の花をモデルにした「れんちゃん」、ライオンと親鸞を掛け合わせた「らんのんくん」、そして仏恩報謝の「ぶっとくん」だ。今や、東本願寺に関わる催しには《ゆるきゃら》がフル稼働だ。この《ゆるきゃら》人気にあやかって、当の編集子も、ゆるくなろうかしらん。 |
2013年
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8月31日 被災地をたずねて |
2010年
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10月4日 辛いことも楽しいことも人生の糧になる〜登山から学んだこと〜 |
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7月16日 不安があるのは、自分自身の存在が問題になっているということ |
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4月10日 社会の出来事が自分の生き方を問うていく-新聞のスクラップから- |
e-mail jyoyoji@yahoo.co.jp
真宗大谷派 浄影寺 参拝係
2008年
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危機意識をもち、温かい施策を!-雇用は「いのち」の問題- |
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問われる存在の根拠-共同幻想に成り立つ危うさ- |
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どこかスッキリしないオリンピック |
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大自然に身を任せ、心(脳)も体もリフレッシュ-解決の糸口が見えてくるかも |
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「「便利」は良い面だけでなく悪い面も-生活ツールとしてのケイタイ-」 |
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「ツバメが訪ねてきました」 |
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「夢に向かってどのように生きたのかが大切」 |
◆2007年8月◆
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■8月29日(水) うどん屋さん開店に、蔵王登山、大満足(!?) |
先日、登山をしてきました。このHPをご覧になっている方はすでにお分かりのように、管理人は蔵王山麓(宮城県側)に住んでいます。蔵王登山の案内をされているご門徒さんに、昨年の夏、「埼玉県から来られた山岳パーティの方々と蔵王登山をするので参加しない?」と誘われたのがキッカケで、今年も登山することになったのです(昨年は雨と霧で麓の散策になってしまったのですが・・・ ^^;)。決行は8月25日(土)、天候は雲ひとつない快晴で、絶好の登山日和!もう、楽しみで胸が躍り、当日は朝5時には目が覚めてしまいました。昨年購入したリュック・登山靴・パーカーを身にまとい、今年新調した登山用の杖とカッパを持ち、まあ格好だけは一応、登山者!しかし、登山をするたびに登山道具が一つずつ増えていくというような有様です(笑)。ですが、幼いころから蔵王を見て育ったこともあって、蔵王を愛する心は強いのです。 さて、蔵王といえば・・・・・・、そう、「お釜」!噴火口に水が溜まり湖になった、いわば、カルデラ湖です。別名「五色沼」と言い、季節や陽の照り具合によってエメラルドグリーンの湖が様々な色彩に変化するんですね。その神秘さと言ったら譬えようがないくらいです。そして、噴火口付近は火山岩が多く急勾配もあるなど荒涼とした自然の厳しさを感じさせます。その一方で、コマクサやハクサンチドリなど蔵王には美しい高山植物が豊富で登山や散策をする人の目を楽しませてくれます。また、冬になると蔵王の景色は一変、とど松に付着した雪や氷が風向きに向かってドンドン成長し、ついには樹木全体を覆い巨大なモンスターを作ってしまう・・・。と、蔵王がもつ大自然の厳しさと神秘さ、美しさがあります。蔵王の案内はこれくらいにして・・・(^^) 登山当日は自分を含め7人、平均年齢が67歳、最高齢は73歳のパーティでした。高齢の方で組織されたパーティだが甘く見ることなかれ。みなさんは、学生時代から山岳会に入っていて、現在でも毎月どこかの山に登っているという、超ベテランだ。ほんの数ヶ月前には富士山登頂を終えたというから、なかなかの体力をお持ちの方ばかり・・・。事実、一緒に登山をしてみて、あまりの足の速さに僕の方こそ呼吸が乱れ、ついて行くので精一杯でした。でも、そんな疲れも、蔵王から見渡すパノラマビューと美味しい空気で吹き飛んでしまいました。 今回のルートは、蔵王山刈田岳からスタートし、お釜を横目に見ながら「馬の背」を歩き最高峰の熊野岳(標高1841m)へ。熊野岳の熊野神社(蔵王山神社)を抜けると熊野岳登頂、北方には月山が望むことができました。そして、熊野岳から登山道の「ロバの耳」に進み、五色岳のお釜(火口)外輪を歩き、お釜の水に触れる、・・・ところが、そんな計画が断念せざるを得ない状況に。「ロバの耳」からお釜周辺の登山道が落石の影響で閉鎖されてしまっていたのだ。そこで進路を変更しひときわ鋭角な三角形の姿を見せる名号岳に進もうとするも、途中、それも断念し、お釜の見える一角で昼食を摂ることにしました。 昼食は毎回手作り。昨年は、イタリアの国旗を木の枝に下げ、パスタ・コンソメスープを食しました。このパーティは少々お茶目なところがあって、登山で作る料理にあわせ国旗やのれんを下げて開店(!?)するという。それを見て近づく他の登山者にはお裾分けをするんだとか。のれんを下げ、下ごしらえから作るとは中々本格的だ。今回は・・・と思いしばらくすると、一人のリュックから染物ののれんが・・・。「?」「うどん 味自慢」。ほお、うどん屋さん・・・うどん屋さんの開店だ!しかも、メニューはカレーうどん。玉ねぎを炒め、豚肉を切り、お湯にうどんを入れ、スープを入れ、カレーのルーが溶けたところを見計らって片栗粉・・・。「これで登山は7割終わったよ」と。話を聞くと美味しいものを作って食べるために登山をしているようなものなんだとか。カレーうどんを頬張った僕は素直に納得してしまいました。昼食の後、片付けをして、スタート地点へ向けて歩きました。 「なぜ山に登るのか。そこに山があるから」。その言葉に込められた想いがようやく実感できました。「山へ登るというのは理屈ではないんです。理屈がないから山登りが面白いんです」とパーティの仲間・・・身体全体で目的地までひたすら登る・歩く・・・道に咲く高山植物の群生を目にしながら自然環境の厳しさと、その環境に生きる“いのち”の力強さ、そして登ったものが味わう達成感、登ったものに与えられる景色・・・。登山はまるで人生にそのもの(?)。下山した僕は、すぐまた山登りをしたくなりました。 ※「ネットでお寺訪問」「写真集」のページに蔵王登山の写真を掲載しています。 ◆蔵王登山の写真はこちら◆
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2007年7月
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■7月4日(水) 人は「公」である前に「私(=個)」 |
「日本人は平和ボケだ」と言われて久しい。敗戦後60年を過ぎた今日でも、その戦争の爪あとは決して消えることがない・・・。前防衛大臣の「(原爆は)しょうがない」という失言に驚くと同時に深い悲しみを覚えました。口をついて不用意に出てきた発言・・・これはたまたま偶然に出たものか、それとも、ふとした時に口に出るほど常にそのような認識だったのか。私は後者だと思います。とすると、事柄は氷山の一角で、「しょうがない」という言葉が出るほどの認識であったということを暴露したということなのでしょう。しかも、原爆に対して、戦争に対して、あるいは戦争被害者に対して、そのような認識であるとするならば、ことは重大です。 昨今、政治家の軽率な発言、過激かつ不用意な言動、一方で世論を誘導していく言動や行動が目に付くようになってきました。その責任は私たちにもあると思わずにいられません。政治や世の中で起こっていることに無関心・・・。無関心でないにしても、他人事と受け止め単なる情報の域を出ない・・・。最近、話題が尽きない「日本国憲法」というものは国家権力の暴走を縛るものであったはずで、決して、いわゆる「国民」を縛るものではないものなんです。そもそも、国家を監視するのが「国民」の仕事であるとも言えます。しかし、現実はどうでしょう。国家を監視するどころか、政治に対して厳しい目を向けることすらも忘れているかのようです。選挙の投票率の低さはそれを物語っています。投票率の低さは、投票に行かない人の意思が全くといって国政に反映されません。そもそも無関心、あるいは無投票というものは白紙委任しているのに等しいということになります。 つい先日亡くなった阿部謹也さんは「日本には世間はあっても社会がない」と。近代という時代に、「社会」「個人」という考えが日本に入ってきたけれども、本当の意味で「個人」というものの西洋的な考えを受け取ることができなかった。大体、社会というものは個人の集合体で、その個人が行動することによって社会が変革すると・・・。つまり、社会を変えていくのは個人個人の行動だと。私もそんなふうに思います。世間というものは個とうものを没していくものなのでしょう。つまり、公のために個は没しなくてはならないと・・・。しかし、この社会に生きるもの一人一人が本当の意味で個であることに目覚め、社会の構成員としての自覚をもつとき、国や社会が舵を誤るだろうことに対して声を上げていくことができるのだろうと思います。 人は「公」である前に「私」(=個)であるということを考えていきたい。そして、思考停止させていくようなシステムや意識に対しては注意してかからなくてはなりません。それぞれがそれぞれの「自分らしさ」をもつ、このことがまず一歩になるのだと思います。「人は独りにして尊い・・・」(天上天下唯我独尊)とは仏陀釈尊の言葉。「自分は自分のために生きるのだ」「自分を探すために人生がある・・・」という、仏教の言葉を大事にしたいと思います。 |
e-mail jyoyoji@yahoo.co.jp
真宗大谷派 浄影寺 参拝係